但し、近年はデータ重視の戦略や国際化の影響でこれらのルールの解釈も変化しつつあります。若手選手やラテンアメリカ出身の選手はパフォーマンスを重視する傾向があり、伝統との摩擦も生じています。
☆ホームベースは昔は四角形だった。現在は五角形ですが、1900年迄は一塁、二塁、三塁と同じ四角形でした。それだとストライクとボールの判定が難しかったため、球筋が見やすい五角形に変更されました。
☆三振を「K」と書くのは、英語のstrikeの過去形、過去分詞形のstruckの最後の文字から取ったと言われます。19世紀のスポーツライターのヘンリー・チャドウィックがスコアブック記録法を考案した際、三振をstrike outと表記する省略形として Sを使うと Sacrifice犠打、 Steal盗塁、 Single単打など他の用語と混同してしまうから、上記のようにKが採用されたそうです。もう一つの説は打者が投手にノックアウトされたことを表わす比喩からKnock OutのKを取ったとするものです。
☆他のスポーツでは、監督が選手と同じユニフォームを着ることはありません。しかし、野球では監督が選手と同じユニフォームを着るのは、野球黎明期、監督は選手兼任が多く、試合に出場する可能性があったためユニフォームを着ていました。その名残で現在も野球監督はスーツではなく、ユニフォーム姿です。
☆Kは空振り三振を意味しますが、見逃し三振は逆さKです。表記できませんがKを左右逆さに書けば分かります。
☆空振りと見逃し三振をなぜ区別? 投手の評価:空振り三振は投手の球威や変化球が打者を振らせた証拠で、見逃し三振は投手のコントロールや配給が打者を惑わせた証拠。記録上区別することで、投手の能力分析がより詳細になる。
打者の心理:空振り三振は挑んだが届かなかった→積極性の証。見逃し三振は手が出なかった→消極性や迷いの証。ファンや解説者もこの違いを語ることで試合のドラマ性が増す。
☆三振はアウトの一種に過ぎないのになぜ特別視されるのか?
・ゴロやフライは守備の介在によって成立しますが、三振は投手と打者の1対1の勝負の純粋な決着。
・投手の力量(球威、制球、配球)と打者の反応がダイレクトに表われるため、象徴的なアウトとされます。
・観客にとっても投手が打者をねじ伏せた瞬間は劇的で歓声が大きくなる。
・投手の能力を測る指標(奪三振数、奪三振率)として重視される。
☆日本の三振観
・三振は打者の失敗として意識される。
・打者は「当てて走れ」という精神が根強く、三振は消極的・不名誉な結果とされがち。
・応援団が「打て」と声を揃える中で三振すると、観客全体の落胆が大きい。
・三振は「期待を裏切る」瞬間として強調されやすい。
☆アメリカの三振観
・MLBでは三振は恥ではなく、強く振った結果として肯定的に捉えられることが多い。
・ホームランを狙う打者は三振も多いが、攻めの姿勢の裏返し。
・ベーブ・ルースやミッキー・マントルなどの伝説的ホームラン王は三振王でもあり、むしろ豪快さの象徴。
・三振はただのアウトの一種として合理的に扱われる。
・ゴロやフライに比べて併殺のリスクがないため、戦術的には必ずしも悪くはない。
「三振王が英雄になれるアメリカ」と「三振を恥、失敗、消極性として精神論的に捉える日本」から見えてくるのは、"失敗許容度"の文化差かも知れません。これは、野球だけでなく、教育や仕事に就いても言えるでしょう。
☆日米応援文化の違い
(日本NPB)
・1950〜1970年代に応援団文化が確立。太鼓、トランペット、メガホンを使った「鳴り物応援」が定着。
・学校の応援団文化や運動会の応援合戦の影響を引いている。
・礼儀やマナーを守る秩序ある応援が重視される。個人ではなく、団体の応援。
(アメリカMLB)
・拍手、ブーイング、スタンディングオベーションなど、個人主導のリアクション。
・ビールやホットドッグ片手に自由に観戦。ウェーブやビーチボール遊びなど観客自身がエンタメの一部になる。
・応援歌や鳴り物はなく、個人の自由な楽しみ方が尊重される。
・試合中はマスコットや音楽イベントなど、球場全体がショー空間。
まとめると、日本は「集団の秩序と一体感」、アメリカは「個人の自由とエンタメ性」が応援文化の根本的違いです。
私は、日本の「のべつ幕なし 笛太鼓の応援」よりも、アメリカのメリハリをつけた(投手が投げ、打者が打つ瞬間には応援をピタッと止めて集中して一挙一投足を見つめる)スタイルの方が好きです。
☆正岡子規が創作した野球用語。彼は文学だけでなく、野球の普及に大きく貢献した文化人であり、彼の訳語が日本野球の基盤を作ったことでも知られています。
